Japanische Klassiker mit Furigana
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にっき
日記
宮本 百合子
Lesen Sie 日記 (にっき) von 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 61.953 Zeichen · 124 Bildschirme
一月三十日
一月三十一日
自分は涙組むのを禁じ得なかった。精進! 精進、人間に還ることだ。
一月三十日(日曜)
『時事新報』の文芸欄に漂って居る、一種の才だのみにして浅薄な気分は自分がいやだと思わずには居られないものだ。
倉田百三氏の「布施太子入山」を、一寸した、皮肉的な短評でかたづけて居る。
ものの価値はああ云う風に断ずべきではない。
淋しい、シャローな人間よ、物からは心を感じなければ何にもならないのではないか、何のために、何で生きて居るのか、何で愛して、生活を保って行くのか?
一月三十一日(月曜)
夜、食事をすませてから浅草へ活動を見に行く。
さほどひどく面白いものではないが、ああやって三時間なりの間、じっと緊張した興味を保たせる処に大きな力があるものだと思う。
その中で一つ気づいたことは、従来、日本の芝居では、侠気とか、恩とか、義理とか、そういう一種の概念的な筋をもって居るが、活動では、心持が如何にも Human である。
例えば、明滅の燈台と云う中の、――弟や、弟の娘のためにいつもたすけてやる、老燈台守の兄の心持にしろ、日本人が芝居にしたらきっと、もっと異った、何か道徳的範疇をもって来なければ安心しまい。