Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
Lisez 故郷七十年 (こきょうしちじゅうねん) de 柳田 国男 (やなぎたくにお) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 257 350 caractères · 507 écrans
同郷の人々
た。
小川の家は祖父の東秀という人が医者をはじめ、父の東作という人が大変な蔵書家であったのに、四十歳ぐらいで早死した後、幼い私が小父さんといっていた小川虎之助氏は、医者を継いでいなかった。ことによると赤松宗旦が『利根川図志』を作った資料の大部分は、この小川家の蔵書によったものではないかと思われるくらいである。
辻川で生れた長兄が下総布川のような辺鄙な所に住みついた由来は、以上のようなわけであった。
同郷の人々
柴原和は後には元老院議官にもなった人であったが、愛郷心が強く、国元出身の人々の後援につとめた。私の長兄が上京して東大別科に入学したさいも、学費の不足を支弁するため、父が漢文で柴原氏に手紙を書き、種々の世話になったことがある。いつも郷土出身の苦学生を二、三人、書生として自宅に預かっていた。さきに語った当時の嬰児扼殺が対岸の茨城県に比して少なかったのは、柴原県令の撲滅対策があずかって力が大きかったのである。
松本烝治の父君、松本荘一郎氏も播磨出身であった。私の生地の辻川よりも北部の、市川に沿った粟賀町福本の出身で、家は医者であったと思う。表向きには岐阜県の士族出身ということになっていて、大垣藩士ということではあるが、彼の出身が神崎郡であることは周知のことである。