Classiques japonais avec furigana
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しんしゅうこうけつじょう
神州纐纈城
国枝 史郎
Lisez 神州纐纈城 (しんしゅうこうけつじょう) de 国枝 史郎 (くにえだしろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 188 242 caractères · 380 écrans
武田家において土屋といえば非常に立派な家柄であって、無論甲陽二十四将の一人、代々武功の士を出したが、別けても惣蔵昌恒は忠義無類として知られていた。
後年勝頼が四方に敗れ小山田信茂には裏切られ、天目山で自尽した時、諸将ほとんど離散した中に、惣蔵一人己が子を殺し、二心なきを現わした上、最後のお供仕ったほどで、この義烈には敵ながらも徳川家康が感心し、苦心して遺族を尋ね出し常陸土浦九万石に封じた。土屋子爵はその後胤である。家康もなかなか粋の事をする。もっとも家康は信玄のためにかつて三方ヶ原で破られながらも甲州流の兵法には少なからず敬意を払っていたし、清和源氏の名門で甲斐源氏の棟梁たる武田家その物に対しても尊敬の念を持っていて、勝頼の首級に対しても、信長のように足蹴にはせず、君、武勇におかせられては父君にも勝らせ給えど、いまだ年若くおわせしため跡部長坂の小人を愛し武功の老臣を斥け給い、無謀の軍を起こされし果て今日の非運を見給うはまことに無残の限りであると、ちょっと首級桶を戴いてホロリと一滴こぼしたそうで、これを聞いた武田の遺臣ども、武骨者だけに感激するのも早く、我も我もと安い月給で徳川家に随身したそうであるが、これを今日の皮肉極わまる歴史家どもに云わせると、「なあにそれも家康という狸爺のお芝居さ。