후리가나로 읽는 일본 고전
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ずいひつ みやもとむさし
随筆 宮本武蔵
吉川 英治
吉川 英治의 随筆 宮本武蔵(ずいひつ みやもとむさし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 141,786자 · 278화면
そしてそれらの雑多な者と、純粋なる求道的廻国者とは、殆ど見分けもつかず、一様に武者修行の名をもって、戦国期から江戸初期にかけては、諸国の都会をまた山村を、流寓して歩いている武士がずいぶんとあったものに思われる。
明智光秀は、信長に仕えるまでの壮年期を、武者修行して送ったと、どの伝記にも書いてあるが、さてどうだろうか。
山本勘助の伝にも、同様な履歴が見える。
こういう人たちの武者修行が、どんなものだったか、知る手がかりもない。勘助や光秀などは、後に、各※(二の字点、1-2-22)一箇の謀将として立身しているので、その青年期の不明な頃は、諸国の築城兵力地理などを考察して、他日に備えたものであろうという、後人の臆測が、多分に、伝記の余白を埋めているのではあるまいか。
光秀の漂泊時代について少し考察してみると、彼の漂泊は二十八歳の弘治元年から始まっている。その年、美濃の斎藤氏の一族の乱で、恵那の明智城を墜され、それまで、身を寄せていた叔父の子、明智光春と一緒に、山越えして越前へ落ちのびて行ったのである。
その以後、若狭の武田家に潜んでいたり、また、三十五歳の時には、一時、朝倉義景にも仕えていた。