후리가나로 읽는 일본 고전
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면
第六
天保七年の年も暮にせまった頃、枕山はしばしば塩田随斎が止至善塾を訪うて課題の詩をつくっている。随斎は下谷御徒町なる藤堂家の中屋敷内に住していた。その書庫を二、三千巻書閣と名けその書斎を対古人斎といい、その家塾を止至善塾と称し常に酒を置いて来訪の士を迎え放談豪語することを好んだ。一たび妻を娶ったが和さなかったので離別し、終生独身でくらした。随斎はこの年三十九で枕山より長ずること二十歳である。
第六
天保八年丁酉二月十一日に大窪詩仏が七十一歳で下谷練塀小路の家に没した。詩仏に従って詩を学んだ品川正徳寺の住職密乗上人がその郷友に寄せた書簡に「天民翁去秋より病気に御座候処春来度々吐血等被致、即当二月十一日暁寅の刻物故被致、昨十三日午時浅草光感寺と申す浄家の寺に葬す。」と言っている。法諡は天真詩仏居士である。
詩仏の『詩聖堂集』に載する所の山本北山の序に「天民名ハ行、常陸ノ人ナリ。袁子才ヲ景倣シテ詩仏ト号ス。天民ノ父諱ハ光近医ヲ業トシ宗春ト称ス。江戸ニ来ツテ銀街ニ僑居ス。顱科ノ名医ナリ。天民幼ヨリ唯詩ヲ好ミ医術ヲ脩メズ。父没シテ業ヲ改メ詩人トナリ、名海内ニ振ヒ公侯縉紳ノ間ニ優遇セラル。