후리가나로 읽는 일본 고전
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면
第四十
、第4水準2-78-1)刑兼ビ瘠溝無シ〕
東京に還って後毅堂は暫く職に就くことなく唯滞京すべき命を受けて水道橋内なる皀莢阪下の家に留っていた。この歳尾張の老公徳川慶勝が戊辰の勲功に依って朝廷より賞禄一万五千石を賜ったので、その中の一百五十石を分ってこれを毅堂に贈った。
第四十
明治四年辛未の春毅堂は司法省出仕を命ぜられ宣教判官に任ぜられた。以後毅堂は明治十五年の秋病んで没するの時まで司法省の官吏となっていたのである。その官名は官制の改定せらるるごとに変っている。碑文に「辛未、宣教判官ニ拝ス。既ニシテマタ権大法官、五等判事ニ歴任ス。官廃セラレテ罷ム。マタ起ツテ司法少書記官ト為ル。」としてある。
この年三月毅堂は名古屋新馬場の家にあった妻子を東京に呼びよせた。妻子は妻美代、長女恒、二男俊三郎の三人である。三人が東京に著した時毅堂は既に皀莢阪下の官邸を政府に返還し、下谷竹町四番地に地所家屋を購い門生と倶に移り住んでいたのである。わたくしの母恒は始めて竹町の家に到著した翌日、家人につれられて上野に行き、満開の桜花を看たことを記憶しているとわたくしに語られたことがある。