일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면

아오조라 문고

第三十六

八月中秋には枕山は長谷川昆渓、鈴木松塘、関雪江、植村蘆洲、福島柳圃その他の詩友と橋場の川口屋に観月の詩筵を張った。しかし雪江の詩に「酒家蕭索遊人少。」〔酒家蕭索トシテ遊人少ク〕といい、「雲際有時微吐月。」〔雲際時有リテ微カニ月ヲ吐ク〕というが如き句がある。空は曇り世は騒しく今戸橋場あたりの酒楼には十五夜の月を観る人もなかったのである。

第三十六

慶応三年丁卯五月六日、鷲津毅堂は御物頭格に座席を進められ明倫堂督学に任ぜられた。藩主元千代の「御読書御相手御用并に侍講」は従前の通りということである。毅堂が督学に任ぜられた時明倫堂の教授には渡辺忠兵衛、丹羽嘉七、植松茂岳、岡田小八郎がいた。植松岡田の二人は国学の教授である。丹羽は書家である。

毅堂は督学となって明倫堂の学制を改革した。その主なる事項は学館総裁の名目を改めて総教と称した事。これその一である。時々教授をして郡村を巡回せしめ農民に講義を聴かしむる事となした。これ改制の第二である。校内に他藩の諸生の寄宿する事を許し、上級の学生より訓導を選抜して下級の生徒に授業せしめた。これ改制の第三である。武術の師を招聘して大に武を講じた。