후리가나로 읽는 일본 고전
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면
第二十九
小弟懐ニアリ呱呱乳ヲ索ム。余モマタ家慈ニ向ツテ頻ニ阿爺ニ見ユルコト何ノ日ニアルヤヲ問フ。シカモソノ幽囚ニアルヲ知ラザル也。至レバ則チ老屋一宇。監守スル者六、七人。儼トシテ檻舎ノ如シ。家君ソノ中央ニ坐ス。左右ニ書巻数冊、夷然トシテ詩ヲ賦スルコト前日ニ異ラズ。」云々。
湖山はその幽屏せられた吉田城内の老屋を名づけて松声幽居となした。藩士の監視は始の中は脱走を虞れて頗厳重であったが湖山が日常の様子に安堵して次第に寛かになり、遂には藩士中就いて詩を学ぶものもあるようになったという。蒲生※(「耿/衣」、第3水準1-91-83)亭の『近世偉人伝』中狂狂先生伝にその事がしるされている。湖山が幽囚を赦されたのは文久三年で赦免の後姓名を改めて小野※(「にんべん+同」、第3水準1-14-23)之助と称した。
第二十九
万延元年庚申の歳枕山は四十三、毅堂は三十六になった。
正月八日書家中沢雪城が枕山毅堂磐渓九皐の四友を招ぎ、妓を携え舟行して向島の百花園に梅花を賞した後、今戸の有明楼に登って歓を尽した。
有明楼は当時山谷堀に軒を連ねた酒楼の中最繁栄した家で、東両国の妓お菊というものが女の手一つで切廻していた。