후리가나로 읽는 일본 고전
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면
第十三
いくばくもなくして上野山王御供所の別当となり、天保の初北品川宿二丁目なる日夜山正徳寺の住職釈大霊の養子となり、明治十四年七月某日享年八十六を以て寂した。わたくしは今茲甲子の春正徳寺に赴きその孫女に面会した。その時聞き得た南園の逸事談は『葷斎漫筆』と題した鄙著に記してあるので茲には言わない。唯南園上人は西ノ久保光明寺の雲室、王子金輪寺の混外についで天保以降汎く騒壇に知られた詩僧であることを言うに止めて置く。
第十三
天保十五年甲辰の歳枕山はなお増上寺の学頭寮にあって新年を迎えた。前年除夕の作に「不材空愧逢昭代。多難猶欣過厄年。」〔不材空シク愧ヅ昭代ニ逢フヲ/多難猶欣ブ厄年ヲ過ユルヲ〕というを見れば、甲辰の年には二十五の厄年に一歳を加うべきである。
二月上午の前一日枕山は梅痴上人のために宣和硯の歌を賦した。宣和硯は当時文人墨客の間に伝称せられた有名なる古硯で、梅痴は某人の手よりこれを購求したのである。今枕山が詩の引によってその来歴をしるせば、宣和硯は趙宋の宣和年間に製せられたもので、天保五年八十四歳で没した江戸の書家中村仏庵が久しくこれを秘蔵していた。