일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면

아오조라 문고

按ずるに結城の藩中は維新の際佐幕と勤王との両派に分れ、時の藩主水野勝知は二本松の城主丹羽氏より出でたもので、上野の彰義隊と気脈を通じて結城の城に拠ろうとした時、勤王党の藩士はこれと戦って火を城に放った。これがため結城藩の記録文書は悉く烏有となったので、後年文部省が『日本教育史資料』を編纂するに当って、同藩学館の沿革を調査することができなかったのであろう。

毅堂はこの年嘉永壬子の夏六月に至って時習館の教授を辞して江戸に還り、名を宣光、字を重光と改めた。通称郁太郎を改めて貞助となしたのも恐らくこの時であろう。爾後幕府は復び毅堂が出版物の罪を問わなかったという。これらの事と毅堂が帰府の年月とは、明治九年佐田白茅の編輯に係る月刊雑誌『名誉新誌』第十七号以下に載せられた毅堂の小伝に見えている。

毅堂の江戸に還り来ったころ大沼枕山は伊香保に遊びまた房州に鈴木松塘を訪い、秋に入るを俟って家に帰った。しかしこの年中秋観月の会は八月十日に風雨の荒狂ったためかそのまま催されずにしまったようである。枕山湖山二人の集を検するに、いずれもこの年には中秋の作を見ない。八月十日の風雨には親船が永代橋に衝突して橋を破壊したと『武江年表』