후리가나로 읽는 일본 고전
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면
枕山※(「木+蟶のつくり」、第3水準1-86-19)斎ヲ招イデ共ニ飲ム。」と識してある。
蘆洲と共に六名家の詩を編選した真下晩菘は蕃書取調所の役人で、この時年六十二である。その伝は大正三年坂本三郎氏の著した『晩菘余影』に細説せられている。晩菘、諱は穆、字は元教、小字は藤助、後に専之丞と称した。本姓は益田氏、甲斐国大藤村の人。天保七年七月齢三十八の時、真下家の株を買って家督を相続し、西丸表御台所人となる。天保十二年四十三歳の時支配勘定出役。翌年小普請に入る。嘉永五年九月年五十四、御作事方書役出役。翌年品川沖砲台築造の事に従う。安政三年二月より蕃書取調所調役を命ぜられ、累進して文久二年十二月同所調役組頭となる。元治元年六月小十人組御番人。慶応二年十二月陸軍奉行並支配。翌三年十月御留守居支配仰付けられ同年十一月致仕。時に年六十九。維新の後横浜野毛に家塾を開き生徒を教えていたが、明治八年七月東京に来り十月十七日浅草三筋町なる知人某の家に没した。享年七十七。牛込原町三丁目専念寺に葬った。大正三年四月に至ってその孫及び有志の人が碑碣を郷里なる大藤村慈雲寺先塋の側に建てたという。