일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면

아오조라 문고

これ改制の第四である。

毅堂は江戸下谷にあった頃より武芸を重じ門人塾生には読書の旁武芸を練習させた。長男文豹は浅草鳥越明神の傍に道場を開いていた剣客大野剣次郎の門人で、父に随って名古屋に来った後十四歳にして明倫堂武芸伍長となった。剣客大野は幕府講武所師範役伊庭軍兵衛の高弟である。

慶応三年十月二十三日尾張の老公徳川慶勝が朝命を拝受し病を冒して名古屋城を発し二十七日京師に入り知恩院を旅宿となした。十月二十七日は薩州侯島津忠義が西郷吉之助を参謀となし兵を率いて京師に入った日である。尾公慶勝は大将軍慶喜のまさに大政を奉還せんとするに際し、時の宰相越前の藩主松平慶永と相議し、幕府と薩長諸藩との間を斡旋し平和に事を解決せしめんと力めたのである。鷲津毅堂は藩主慶勝に扈従しその重臣田宮篤輝、丹羽淳太郎、田中国之輔らと同じく京師に赴いた。

あたかもこの時江戸にあって大沼枕山は十月二十五日津山侯の隠居松平確堂が高田村の下屋敷に催した酒宴に陪して林泉の美を詠じている。

十二月十二日将軍徳川慶喜が二条城を出でて大阪城に移った。

十二月二十五日尾張の徳川慶勝が京師より大阪に赴き将軍に謁して会津桑名両藩の兵を帰藩せしめん事を説いた。