후리가나로 읽는 일본 고전
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면
江戸の開城は四月四日である。
閏四月幕府脱走の一軍が大鳥奎介を首将となし信州飯山に拠り東山道より名古屋を襲わんとする風聞があったので、名古屋藩では正気隊と称した精鋭の士卒を先鋒となし藩主徳川慶勝は信州太田に出陣した。毅堂はこれより先藩命を帯びて京師に赴いたが即日召還せられ藩主に扈従して信州に出陣した。その京師に往きて直に去らんとする時の絶句に曰く、「我馬玄黄風捲沙。又揮鞭策出京華。真成王事倥偬甚。辜負納涼辜負花。」〔我馬玄黄レ風沙ヲ捲ク/又鞭策ヲ揮ヒテ京華ヨリ出ヅ/真ニ王事ヲ成スハ倥偬甚シ/納涼ニ辜負シ花ニ辜負ス〕
五月に入って名古屋藩の士卒は信州より凱旋した。
八月晦日毅堂は京師に新設せられた総裁局の徴士に抜擢せられたので、明倫堂督学の職を辞した。徴士は列藩より人材を推薦して新政府の事務に与らしめたものをいうのである。『明治史要』戊辰二月の記事に、「徴士ハ定員ナシ諸藩ノ士及都鄙有才ノ者公儀ニ執リ抜擢セラル則徴士ト命ズ。参与職各局ノ判事ニ任ズ。」云々。
毅堂の徴士となって京師に赴いた後、名古屋明倫堂の督学には小永井小舟が招聘せられてこれを襲いだ。