후리가나로 읽는 일본 고전
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면
『毅堂丙集』に曰く「三月 上東京ニ幸ス。宣光鑾輅ニ後ルヽコト十日ニシテ乃京師ヲ発ス。」云々。宣光は毅堂が維新後常に用いた名である。毅堂は維新以前にあっても時々通称を変えている。初は郁太郎と称し嘉永安政の頃には貞助といい、後に名古屋藩に仕えてからは九蔵となした。
毅堂は東京に赴く途次名古屋の邸に留ること数日。この時もまた家族を伴わず長男文豹と二、三の門人を従えて東京に来り、駿河台皀莢阪下の官舎に入った。皀莢阪は駿河台の西端より水道橋の方に下る阪である。
七月八日官制の改定が布告せられて毅堂は大学校少丞となった。当時の大学校は別当を長官となし大丞少丞以下の官等があった。『明治史要』を見るに、「大学校、別当一人。大学校及ビ開成医学ノ二校病院ヲ監督シ国史ヲ監修シ府藩県ノ学政ヲ総判スルコトヲ掌ル。」としてあるから大抵今日の文部省に似たものである。
八月七日奥羽に白川白石登米九戸江刺の五県が新置せられ、毅堂は陸前国登米県の権知事に任ぜられた。『明治史要』に「福島県権知事清岡公張ヲ以テ白河県権知事ト為シ、民部大録武井守正(逸之助姫路藩士)ヲ白石県権知事ト為シ、大学少丞鷲津宣光(九蔵名古屋藩士)ヲ登米県権知事ト為シ、盛岡藩大参事林友幸(半七)ヲ九戸県権知事ト為シ、小笠原長清(弥右衛門二人並ニ山口藩士)ヲ江刺県権知事ト為