일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면

아오조라 문고

しかし谷中の別業には既に度々招かれていたことは「初夏ノ二十三日林公ガ日暮ノ村荘ニ遊ブ。」七律の起句に「幾回卜日幾回違。」〔幾回カ日ヲ卜シ幾回カ違フ〕の七字によって知られる。殊更に春咲く花を多く栽培したという谷中の賜春園もその日(文政九年四月二十三日)には、大方の花は既に散尽して青葉ばかりとなり、崖上から吹き来る風に椶櫚の実はゆらめき、雨後の地湿り乾きもやらぬ木立の茂みには筍が伸びかけていた。

それから半月あまりを過ぎて、蓮の巻葉もすっかり舒び拡がった五月の十六日、谷中の別園に再び林氏の詩筵が開かれた。その日招れた賓客は当時の列侯中博学を以て推重せられた冠山松平定常、土岐八十郎、幕府の奥儒者成島東岳の養子稼堂、主人述斎の六男林復斎、佐藤一斎の門人安積艮斎及び大沼竹渓その他合せて九人であった。この九人の中姓名の判明している人で最高齢であったのは竹渓である。次は松平冠山と林述斎。また最年少なのは成島稼堂であった。

林述斎が谷中別墅の光景は主人述斎が『谷口樵唱』、および佐藤一斎が『六閑堂記』などについて見ればほぼこれを窺知ることが出来る。『谷口樵唱』は述斎がこの別墅に遊ぶたびたび賦した絶句を収録したもので、その序詞に「文化戊辰重八」