일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면

아오조라 문고

に梅痴の生年を寛政五年癸丑となしているから天保十一年には四十八歳。枕山より長ずること二十六年である。

わたくしは増上寺学寮のことについては全く知るところがないので『三縁山志』を一読した。これについて見るに芝山内の学寮は文化三年三月四日火災に罹った後、再建せられたものが八十二宇ほどあった。学寮は末寺子院と同じようなもので、各寮に住持があってその弟子になろうとするものは、随時寮主に請うて寄寓することを許される。八十二宇の学寮は山内の外郭に接して処々に散在していたが、大門を入って左側の小路を南に折れるあたりに大半並んでいた。枕山の寄寓した学頭寮は大門際浄運院の裏手なる袋谷の一隅にあった。その塀外は溝を隔てて片門前町の町家である。

学頭の職は山内僧官の中その首席に位するもので、他山の学頭と混同せらるることを恐れて公辺に対しては特に伴頭と称した。伴頭は一たび幕府の命を受け檀林の位に抜擢せられる時は貫主と同等の特遇を受けるという。釈秦冏は翌年天保十二年の冬檀林に叙せられて結城の弘経寺に赴きその法務を掌るようになった。

秦冏が始めて大沼枕山を識ったのはいずれの時であったのか文書の徴すべきものがない。