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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

(大井川の紀行は、前著「山岳渇仰」に、黒部のは本書に収められた)この二大山谷は、地位においても美観においても、相譲らぬものがあるのに、風格個性の点で、まったく対蹠的であるのが面白い。大井川には脂肪があり、黒部川は筋骨を剥き出して、優美と壮美の匂いの差がある。観音像と、その変身の執金剛神の姿を思わせる。

黒部のこの特性は、すでに下流からあらわれているが、猿飛から祖母谷出合で、いよいよ本格的になる。祖母谷といえば、今でこそのんきな山道を、悪い道だなぞとつぶやいて上下しているが、もとの谷歩きと来ては、たいへんなもので、大正四年に助七のあとについて、そこから硫黄沢にかけて歩いた時など、大岩壁の中腹をわずかの足がかりを頼りの横へつりに、はるか真下の白い水、青い水がもりあがって来て引込まれるようで、足がすくみ、今でも夢の中で、それにうなされるようなことさえある。おそろしい経験は他にもあるけれど、こんな後でも、身体へ直接感じがよみがえって来る例はない。

峡谷俯瞰の挿図

それにくらべると、この本流遡行の時の方が、量はともかく、むしろ楽だった。しかも壮観はやはり本流だった。