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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

見れば、どんぐりの真青な珠が、しずかに湯の深みから浮きあがってくる。袴のとれたばかりの痕が、生ま白い。

狭い谷間は、いよいよ厳しく緊迫して、何もかも鮮かさを増し、そこにまた、新奇な景物を生み出す。向う山のあたりで、不意に、キァー……と、赤児の泣き声にも似て、それにしては鋭く激しすぎると思う、怪しい叫びが起る。何となくゾッとする声だ。それと共に、樹の枝などをベキベキ折るらしい音も聞えてくる。猿だという。夜更けなぞに、その声を聴いて、初めは、誰か浴客の連れている赤児の夜泣きかと思っていた、それほど人間の声に近い、それだけ又強く胸にこたえるのだろう。浴客の世話がひまになるので、宿の若い者や女中、豆腐造りのおかみさんなどが、よく背負梯子や籠などを負っては、山へ出かけて行く。帰ってくると、紫に染まった山萄葡の房が、累々と籠に溢れていることもある。また、さまざまの、初めて見るような茸の類が出てくることもある。ネズミタケ、コームケ、カワタケ、オヒョウ、ブナモタセ、スズメタケ……

ブナモタセやハンノキモタセなどいう、「もたせ」(もとあし)の類は、いずれも長柄の傘なりの、美しい、いかにも菌らしい形をした菌で、風味もすこぶるいい。