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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

光春の夫人が銚子を持って注いだ。そのとき、光秀の手がびくりと震えた。太鼓の音に愕くような光秀でもないのに、表の方で鳴った太鼓とともに何か顔いろまですこしうごいたように見えた。

「はや酉の刻でおざれば、御人数の衆へ寄場へ集まれと、供頭が触れておる太鼓でござりましょうで」

ふと眼をこちらへ向けていた光廉入道がそういうと、光秀はそれまでの機嫌を一ぺんに沈めて、

「知っておる」

と苦そうに終りの杯をのみほした。

半刻の後には、彼はすでに馬上だった。星青き夜空の下、三千の人馬と、炬火の数が、うねうねと湖畔の城を出で、松原を縫い、日吉坂を登って、四明ヶ嶽の山裾へかくれてゆく。

左馬介光春は、城頭から見送っていた。彼は坂本の家中だけで一戦隊を編成し、後から亀山へ赴いて本軍と合する予定になっている。

この夜は二十六日、明ければ二十七日という間を、光秀以下の人馬は、眠らずに歩いていた。そして四明ヶ嶽の南から寝しずまった京都の町を西方の盆地に見出したのが、ちょうどその両日の境にわたる真夜中の頃だった。

白河越えは、これから瓜生山の尾根へ降って、一乗寺の南へ出る道。――ここまでは登りづめであったのが、あとは一路降って行くばかりとなる。