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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
07 第七分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页
薬狩り
源右どの、さあお先へお立ちなさい」
と、駒をうながした。
そして光春は、光秀と馬首をならべて、彼の心を飽かしめないように、道々に見える草の花を説いたり、新樹のみどりの鮮やかさを語ったり、数々の鳥の音を聞きわけて鳥の習性を話してみたり、あたかも楽しまない病人の機嫌をとる婦人のように、細やかな心づかいを傾けていた。
「そうか。……むむ。……いかにもな」
光秀もその真情にたいしては、膠ない顔はできなかったが、左馬介の語ることのほとんどが自然の風物であり人事以外のことだった。光秀の心にはどうしても染まって来ないものばかりだった。光秀とても決して自然の美や雅懐を解さないものではなかったが、いかにせん彼の心はなお寝ても起きても絵筆を持ってみても、人と人との葛藤の中にあった。修羅相剋の人間社会にあった。瞋恚怨念の炎の裡にあった。昼時鳥の啼きぬくこの山道にかかっても、彼のこめかみは、安土退去以来の血が太くつきあげたまま、いまなお決して鎮まってはいないのであった。
薬狩り
ひとたび、本能寺の濠に、狂兵の矢石が飛び、叛逆の猛炎が、一夜の空を焦がしてから後には――世人はあげて今さらのように、事前の光秀のこころを――その変心の時と動機を、いろいろに揣摩臆測しあった。