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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

老坂

つかまれている襟元の手を振りほどいて、光春はいきなり光秀の体を畳へ突きとばした。

「わ、わたくしは、……わたくしは、哭きたい。……殿、哭かせて下さい」

「何を悲しむ。ばかめ」

「ああ。……ばか!」

「ばかっ」

「ば、ばかっ」

「ばかだっ。そちは」

「ばかだ! あなたは」

ふたりは罵りあいながら、しかも互いに男の力でひしと相擁して哭いていた。そのまま慟哭していた。

武者隠しの内でも、となりの襖の蔭でも、ひとしく啜り哭く声が揺れていた。

老坂

気象も夏、気温も夏、夏はすっかり本格になった。

わけて六月朔日は近年にない暑さだった。朝から雲一つなく照りつづけ、午過ぎてからは北の空の一方は雲の峰に蔽われたが、なお暮れるまで夕陽の熱と光は丹波の山河を焦いていた。

亀山の町はこの日を期して、がらんとしてしまった。あれほどいた兵馬輜重が、いちどに城下外へ出て行ったためである。

その鑓鉄砲の列や、銃丸火薬そのほかの軍用品を積んだ輸送部隊が、汗の顔に焦けつくような黒鉄のかぶとをいただき、旗さし物を負い、武者わらんじを踏みしめて、きょう本国の地を立つと見るや、町の者、郷土の老幼たちは、沿道に群れ立って、