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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

白河越え

しかし曲直瀬道三は、自身がいおうとすることを、決して途中で云い濁すようなことはなかった。そうした光秀のひとみや気色を覚りながらも、なお話をつづけて、切言した。

「あなたにお会いしたときから気にかかったのは、あなたの皮膚の相色であった。何を憂い、何を恐れておらるるか。――しかもお眼は怒脈をひそめ、匹夫のごとき怒りと、婦人のような涙とを、一眼のうちにたたえておられる。――夜、手足の爪まで凍えるような冷えをお覚えなさらぬか。しかも耳は鳴り、唾液は渇き、口中に棘を咬むようなお心地はあらせられぬか」

「まま眠りかねる夜もありましたが、昨夜はよく寝みました。何くれとなくお心づけ、辱うござった。出陣の後も、何か薬餌を摂りましょう」

と、光秀はこれを機に、左馬介や源右衛門を顧みて、参ろうかと道を促しながら、また、

「そのうちに改めて使いをつかわしますゆえ、何ぞ、持薬をお授けください。いや、途上まことに失礼いたした」

と、のがれるように先へ別れて行った。

白河越え

この日、明智の家中進士作左衛門は、一小隊の従者をつれて、遅れ走せに、安土から坂本城へ引き揚げて来た。

主人光秀の退去が、事遽かであったため、あとに残って、残務の整理や邸の始末をすまして来たものである。