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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

だが、光秀の口からはなお何の合図もない。光秀は、自分の前に泣き伏した光春を見まいとするもののように、凝然、面をそむけていた。

「書は人いちばい読み、理性は誰よりも明るく、お年も人の分別ざかりを越えて、何事にまれ、お弁えのないことはないあなた様だけに……愚鈍な光春は、いいたいにも、いう言葉に困ります。けれど私ごとき者でさえ、忠孝の二字だけは読んで、心に咬んで、血に入れておりまする。たとえ万巻の書が胸中におありであろうと、これを見失われては、何もなりますまい」

「…………」

「殿。聞いていて下さいますか。――名族土岐源氏のながれを汲んだおたがいの血しおは、ひとつものだと信じて申し上げるのです。ひとたび家門の名をけがしては、あまた御先祖がたの霊にたいし、生める親たちにたいしても、大不孝ではございませぬか。しかしあなた様はいま、何人の子の親御様でいらせられますか」

「…………」

「嫁がれている御息女や、他家の御養子となられている御子息たちも、またあと幾人もの幼い者まで――いや子々孫々にいたるまでが、あなた様のお心ひとつで、いかに世の果てまでも、辱ある思いをして行かなければならないかを……」