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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
07 第七分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页
宗湛が眠りに就いたのは、信長よりもおそかったはずである。席の後始末、道具の片づけなどをすまし、臥床に入って間もないことだったにちがいない。
何はともあれ、彼の身辺へも矢弾が飛んで来たろうし、事態の重大も直感したろう。だが、この胆太い海外貿易家の若い博多町人は、
(ほう、これは大浪だ。凡の暴風ではないぞ)
と、呟くかのような眼をして、衣服を着、帯をしめた後も、寝床をたたんで、しばらくは一室の中に坐っていた。
そのうちに、明智衆の謀叛と聞え、とたんに火の手を見たので、
(これはいけない)
と、思ったらしく、自分の泊っていた南坊から長い廊橋を駈け出した。
武者にもぶつかった。信長の小姓ともすれちがった。あやうく矢風にも掠られた。
二度ほど、物につまずいて、勢いよくころんだ。べとりと掌を血の中へ辷らせた。気づいてみると、よろい武者と小姓衆のひとりが打ち重なっている。
死者のすがたが眼に映ると、宗湛はみずから辱じた。
自分は武門でない。ここで斬り死にする任はない。恩顧のある信長に対して義をもって殉じるよりも、なお価値の高い使命が、町人にはべつにある。だからここを遁れ出ることは不義でも恥でもないが、戸惑いうろえたて逃げたといわれては尠なくも博多町人の不名誉である。