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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

妙覚寺にいた信忠の手兵約六百と、市中から駈け集まった約三百余人をあわせて、総数一千の将士はかくてその死ぬ所をこの朝に持った。

明智方では、信忠の手勢が、妙覚寺を脱して、二条城へたてこもろうとは、少しも予期していなかった。

親王の御名において、そこはまったく戦場の外ときめていたものである。

「しまった」

という困惑のいろが、一時明智軍をつつんだ。主将の明智光忠も、

「入れたか。不覚な」

と、先手の妨害の手ぬるさを責めて、敵が城門を固めぬうちにと、すぐ城の三門へ兵をわけて、これを包囲にかかった。

西門、東門、南門の三つがあった。

濠は深く、幅も広い。本能寺のそれとはちがって満々と水をたたえている。どこかに自然と湧水があるとみえて、蒼々と漣たてて澄んでいた。

「いるのか、敵は」

すでにかたく鉄扉を閉じている城門と、濠の距離とを眼で測りながら光忠はつぶやいた。そう疑われるほど、四囲の空気はしいんとしていた。

すると城内の石倉の上の櫓から一本の矢が濠をこえて来た。並河掃部が拾い取ってすぐ光忠へ捧げに来た。矢文が結いつけてあったからである。

三位中将信忠の名をもって、寄手にしばしの休戦を申し入れて来たものだった。