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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
空は晴れたが風はなかった。樹木の底は蒸されていた。照りつけだした太陽は、慌しく押しよせる真夏の暑気に近くなった。草の海はむんむんと熱して来た。押しわけて進む彼らは、地を這う虫のようにも見える。
郭公鳥がしきりに啼いていた。
誰一人、一語も発しないで歩いた。ひとりでに先導者の立場になっていた阿賀妻が、終始先頭をきって進んでいた。菅笠のかげにある深い眼窩には冷酷なほどひかる瞳がすわっていた。するどい鼻唇線を横にさえぎって固く結ばれた口。手甲、脚絆の装束に尻からげをしていた。脇差をぶちこんだ中背の体躯は、けだものの足跡もない荒野の草木を、胸で押し割っていた。鍛練した目的はちがっていたが、こういう困苦に向って、彼の引き緊った肢体はいよいよ撥んでいるようであった。享けついだ血と、思い定めた一旦の意志が烱光を放つのだ。引きずるように一行を導いていた。
――めぐり合せた困難に対して、彼の心は沈潜した火を燃すのであろう。家中に於ける責任ある位置が、響きを立てて廻る目まぐるしい時世のうちに凝固した。いかなる場合にも善処すること――と、そういったのは、早世した父の訓えであった。