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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

九

「あれに見えられましたわ」と、老人は手をふった。

邦夷は近づいていた。脛でくくった義経袴をちらッと見ただけで大野順平は眼を伏せた。何とも云いようの無い感動が彼の全身を駈けめぐっていた。笑うことも泣くことも出来ず茫ッとしてしまうのだ。その人に相対したときには、表情のない表情でしか自分の気持をあらわせなかった。そうしてそういう出会いは、彼にとって、ひしひしと胸迫る思いであった。

彼は用意の背負いごをひきよせた。頑固な火繩銃のつつ先が出ばっていた。

九

きり開こうとする彼らの道を、立ってそこから指さすならば、あちら、――海に背を向けた東南辰巳の方角に穿たれる筈であった。まことに文字通り、穿つのであった。幾重にも突兀した山々のため、指ざす彼方は模糊とした想像であり、語って聞かされた状景はなかなか実感となって浮ばなかった。だが、こうと決定したからには、しゃにむにそこに辿りつかねばならぬのである。年処を経たオンコの珍しい巨大なのが一本、あたりの濶葉樹のなかにそびえ、緑というよりはむしろ、重くくろずんだまッ黒なときわ葉を密生させ、すッくと原野を睥睨していた。さきの踏査の日は、雨にうたれた彼らがその下に駈けこんだ。