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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
と戸田老人が云った。
「大したこともなかろうと思うが」
「なかなか」と老人はあたりを見まわした。
ひろい空はすきまもなく、鼠色にかわっていた。厚い雲がのびたと見るまに雨は野面をたたきつけて来た。
「夕立ちでござろう」と事も無げに云う阿賀妻であった。
「溶けて流れる気遣いはあるまい」
体力に自信のある大野順平はそう云って、もう五六歩先に進んでいた。笠にしぶく雨が野を暗くした。草原は一時にざわめいてうねり廻り、まきあがった風が横なぐりにふきつけた。
雲は走った。名も知らぬ小鳥がとび立った。
はじめ驟雨のように断続して降りだした空は、おもい雲を重ね、野面をうす暗くおさえつけていた。雨にうたれた草葉々々はしずくを散らして人々の着物を濡れびしょにしてしまった。水に洗われ、風に吹きはらわれた原野の気温は、ぞくぞくするほど下っていた。簑を出して手早く着たけれども、鳥肌だつ冷気は一層強まるばかりであった。間もなく四辺は、篠つくような雨に煙っていた。
大野順平も立ちどまった。直ぐうしろに続いていた阿賀妻は、彼の太い首根に自分の笠をぶっつけ、驚いて、しかし咎めるように云った。