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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

「なんだ、と」

そう云ってにゅッと伸ばして来た腕を、松岡は肱ではらった。はずみをくらって棟梁はよろけるのである。けれどもそれは、棟梁にとって煮えくりかえる結果になった。どたりと尻餅をついて、なお彼はどなった。

「――斬れるものなら斬ってみろ、てめえらのような三ぴん野郎におどかされすごすご立ち戻ったと云われちゃ、三谷三次の男が台なしだア、さア、斬れるものなら斬って見ろ」

終りの方は悲鳴であった。

とにもかくにも彼の家では、やがて木遣りの唄もいさましく送られて来るであろうこの男を待っていたであろう。それは目に見えるような事実なのだ。だから彼らの渡世では、神聖な儀式になっている建前から、こんな濡れ鼠のような恰好で帰って行かれるわけはないのだ。意識がはッきりするにつれて彼は収拾のつかない自己嫌悪に駆られていた。

「斬れ、斬れ――斬れえッ」

彼はやけくそに叫んだのだ。

しま萱の原ッぱは月の光りに白っぽく見えていた。かなたに黒く棚びいて見えるのは彼らの街であった。その間の高低起伏はうすぼんやりとよどんで、そして左右にただよっているようであった。その原ッぱを登ったり沈んだり、おしわける萱の葉に首をさされたり、棟梁の身内が近よっていた。