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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

「どうなされた?」

「目標が見えませぬ」

「ばかなこと――まっ直ぐ行けばよろしい」

果して前向きのそのまま進むことがまっ直ぐであるかどうかを躊躇していたのだ。一切はしぶきの中に沈んでいた。雨を受けてはげしくざわめく草葉の音に耳も遠くなっていた。夕ぐれがかって、模糊とした灰色の幕に包まれはじめた。

「拙者が替ろう――」

そう云った阿賀妻はながく立ちどまることを拒むのであった。

「それには及びませぬ」

踏み抜いた草鞋を蹴とばして、大野順平は前屈みになって急ぎだした。なるほど、ひとつの定めた目標は好ましいが、今はそれだけに執着しなくても宜いのだ。前方一帯に見えた丘陵にたどり着けば、そこから先の山つづきに、道はおのずから開けるに違いない。磁石と地図とを持って、あとは勘の強さにたよるほかない。そういう風にして何度となく山野を跋渉した阿賀妻であった。それを援け、つき従っていた大野順平であった。

数時間のあいだ、上からは殴るように降りつけられ、下は湿地と水溜りをこいで歩くのであった。全身あますところなく濡れていた。樹液のにおう木立ちのなかにはいったときには、血の気をうしなった唇の奥で歯ぐきが打ち合っていた。