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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
すると、傍らにごろ寝していた小屋係りの一人がぎりぎりと歯を軋らせた。帛をさくような険しい音が闇を貫いた。高倉祐吉は片膝ついた中途はんぱな恰好で歯ぎしりする男をのぞき込んだ。表情のない仮面のような顔であった。歯と歯の間からとび出す凄惨な音を聞きながら、「金作――」と彼は口のなかで云った。想像のなかで弟を呼んでみたのである。稚い金作は読みかけの「外史」から上気した瞳をあげた。「こっちに来なさい」と彼は呼びつけた、「今の世の読み方を身共が教えて進ぜよう、父上やこの兄や、もったいなくもわが殿が考えておられるお心の底を、その外史の筆法で云うならば――」
そこまで考えた彼はぶるッと身ぶるいを感じた。考えたことの恐しさであり、同時に深夜の夜気の冷たさでもあった。彼は急いで焚火をかき立てた。そして彼は眼をみはった。ここには、まごう方ない現実があったのだ。一きわ伸びあがった炎のあかるみに、ぽかりと生きものの顔を見いだした。見境もなく逆上した女のような顔であった。釣りあがった妖しげな眼を据えて――それは先程の野狐であったかも知れない――首をねじ向けてこちらを見ながらとっくりと坐っていたのだ。