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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

三

「そうですか」

「船夫がそう申しておりました、そうすると明日は――」

――故郷の土が踏めるかも知れない。自分の気持に自分で感動して棒立ちになっている中島元八の前を、阿賀妻は例のよろけるような恰好で通りぬけた。そのあとにつづいた足早い邦夷を彼の従僕はびっくりして追いかけた。

三

――こみ入った複雑な気持であった。肉親の側近くにたどりついたと思ううれしさと、敵地に足をふみ入れたような険しさが、同時に彼の胸を圧迫していた。それを明瞭りそう感ずるのは阿賀妻だけかも知れない。いや、みんな――これと捉めないにも拘らず、何かさばさばしないものを感じていた。それが証拠には、あれほど待っていた郷里の土地が近づくにつれて、いよいよ言葉少なになっていた。疲れ果てるほどの旅程でもない。一行は船をおりて、そして中一日を泊っていた。朝はゆっくり宿を出たのだ。

秋の陽ざしが刈り田の上に斜めにおちていた。にお架けの黄色い稲が、おとし忘れた田の水にさかさまに映ってひどくゆたかに見えるのであった。土地の農夫は黙りこくって、先年来と寸分ちがわない姿で、動いているのか動いていないのか見判けもつかぬほどのろのろと働いていた。