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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

六

阿賀妻は刀を杖にして片膝ずつゆっくり立ちあがった。

斜め前の座にいた大沼喜三郎が目をあげてその後姿を見た。

彼は思わず正面の邦夷に目をうつした。そして、何かそのことについて合図を受けたような気がした。動悸がたかくなった。彼は人々のうしろを通ってあわててその座を外した。

暗い夜気が顔の酔いを奪った。

絶えず立ったり坐ったり、座はとめどなくみだれていた。四人や五人の出入りなどは目に立つこともなかった。その噎せるような空気のなかに、もとの藩主はもとの家臣を忍耐づよく眺めていた。酒の力をかりたとは云え、頽れるだけ頽れたその姿が見たかったのかも知れない。

ついに世話人の神山外記が痺れをきらした。

「ぽつぽつ退散の時刻かとも存じまするが――」

六

云われなくとも退いていた。実は彼らは、自分の問題で一ぱいなのだ。ただそれを、今の彼らの置かれようがお家の大事と観じさせている。お家とは、云うまでもなく主君邦夷の身の上についてであった。その人の背には、何百年来の系図が載っていた。くちばしをさし挾むことの出来ない神聖なもの――彼らの大義名分であった。

吉原兵太郎も、さらさら私心はないのだと自分を信じている。