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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

「もし」と人夫は呼んだ。

立ちどまっていた玉目三郎の眼が光った。なんだ?――と聞きかえしていた。

「もう行けませんぜ、ここんところは――岸にあがりましょう」

川面の方にいくらか傾いたドロ柳が、雨のあたらぬ木肌を白っぽく見せていた。

「わしが先に立ちましょう」

人夫は軽いしょいごの肩を揺って、ヨシのしげみを圧しわけた。

「路はあるのか」

「川があらアね」

――これさえ見えているならば踏みまよう気遣いはいらない。通ずるところに通じているのだ。言外にそういう確信をほのめかし、人夫はばさばさとヨシの中に歩いて行った。はね返って来る強い草の茎を横踏みにして玉目三郎もつづくのであった。もとより路などあろう筈のないことは、覚悟の上であった。心弱くそんな言葉がふッと出たのは、彼の気持の焦りなのだ。出来るならば今日のうちにでも帰って来たいと思っている。そこでは、飢えにさらされている仲間の生命が彼の心を信じている。それだけではなかった。彼らのうしろにいる家中の面々が、熱っぽい眼を光らせて自分を待っているのだ。その中には彼の若い妻もいた。口には抑えているが、心のうちの淋しさは思いやられるのである。