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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

子供は足音をしのばせてそっと木蔭にたたずんだ。云おうと思った自分の用事は、憑かれたような母親を盗み見した瞬間に消えてしまった。子供心は、気が狂ったのではないかと思うのである。すると胸をしめつけられるように哀しくなった。わッと泣きごえをあげて一目散に駈けつけた。母親の腰にまつわり付いた。やっぱり何時もの通りの母親であった。

「大人が――何で泣いとる?」

「悲しければ大人だって泣かずにおらるるものか」と母親は子供の頭を撫でさすった、「そうじゃろう?――これがかなしゅうなかろうか、祖父さん祖母さんの云う通りにしとったら、坊もりっぱな武士の子じゃ、そろそろ学堂で素読など授けられて――それを見なさい、お前の父ごが意地をはったばかりに、浅ましい――こんな漁夫の家で犬のように寝て、いつ動きだすやら判りもせん船を待っとらねならん、宝ものにしておいた家の道具はみんな潮水に濡れて、使い途も無くなった、見んか」

母親は丸帯をからげて見せた。それがどれくらいの悲しみになるのか分らなかったが、子供は深くうなずいた。

「いっそ坊――」とふいに彼女は子供を抱きすくめるのだ、「この山越えて、祖父さまのとこへ逃げて行こうか?」