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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

六

懸崖のかげで風当りは弱かった。彼は暗黒に包まれて目ばたきをした。どこかの懸崖にちがい無かったが、さてこれが、どこのどういう崖であるかは判らなかった。方角も地理も混沌としてしまった。何故か、運を天に任せようと思った。そう思った途端に、ぎくンと背丈が伸びて、大人と同じ高さになったような気がした。展望のゆとりが出来た。すると、上に残った連れが急に気になりだした。

彼は雪をつかんで噛りだした。身心の疲労をしずめるため、しばらく彼は、やわらかい雪に背を凭せてながくなっていた。

「お若いの、あなた――」と声がした。

ぎょッとした。

「だんな――」と、手さぐりで近よる行商人が見えた。

「だんな?」

「おう」

「生きていました」

「おう――」と、高倉はとびあがった。相手の頸を抱きしめておんおんと泣きだした。

六

はッはッと呼吸を吐き、行商人はきれぎれに云った。

「川、じゃ、ねえですか、川――」

「川?――」

高倉の足の筋がぴくンと痙攣した。彼のこうして立っているところが川だと云うのだ。彼は叫んだ。

「どこの川だ?」

鋸屋は返事をしなかった。雪の上にすわり込んでまるくなっていた。闇のなかで、疲れた眼をあげて不満げに高倉を見たが、むろんそんな表情は見えなかった。