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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
その他出稼ぎ人である大工、職人、人夫の数は千名を突破している。
土木と建築は夜に日をついだ。湿地を乾しあげる灌漑溝と、幅五十八間乃至二十一間という厖大な道路普請が行われた。
牢屋を界にして、北は官宅街とし、南に庶民の町屋を営ませた。蝦夷地改め北海道の主都として、面目のために、当地に自費移住するものには家作料を百両貸しあたえた。目ざとい商人は酒を売りだした。現物の俸禄米を持てあました役人は、これを二束三文に売りはらって、痛飲馬食して持てはやされた。そして、一層目ざとい商人はいち早く遊女屋を営んだ。それが、上からなされる開拓地の気分であった。官員の行動は絶対であった。或は官員だけが人間としての待遇を受けた。
そう云う変化に目を瞠りながら阿賀妻ははいって来たのである。使庁の所在はたずねるまでもなかった。大友道からサッポロに辿り着いた彼は、ひろい空地のように見える草ッ原――やがてそれも道路になるのであろうが――その向うに、土塀をめぐらした白木づくりの庁舎に目を注いだ。六月の陽が照りはえた。ま新しい冠木門の柱にさげた標札には、大きな字で開拓使と書き出されている。