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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

で彼らは本国へ訴えた。その運動に対抗するため、エルナンド・ピサロも一五三九年に本国に帰ったが、しかし総督を死刑に処した行為は弁解の余地がなく、捕えられて一五六〇年まで獄中にあった。他方ペルーではチリー党が結束して、一五四一年六月、ピサロを奇襲して殺した。ピサロはこの時六十三歳であった。彼は当然受くべきような罰を受けた、というのが多くの史家の一致した意見である。

以上の党争に続いて起った事件は、両派の残党と本国政府の任命した総督との争闘であった。初めに登場したのはピサロを殺したチリー党で、それに対抗したのは、本来ピサロと共同して正しい政治を行う様にと本国政府から任命された王の裁判官法学者バカ・デ・カストロであった。カストロはピサロ死去の場合総督となるべき命を受けていたが、果して彼がペルーの北方に到着した時、ピサロの暗殺の報を受けたのである。で彼は総督としてキトー地方に入り、スペイン人軍隊の間に本国政府への忠誠を説きつつ徐々に南下して行った。リマではアルマグロの息ディエゴがチリー党と共に味方を獲得して相当に勢力を拡大しつつあったが、新総督の集めた勢力の方がやや強く、一五四二年九月十六日にクスコとリマの中間で決戦が行われた時には、総督方騎兵三二八名、歩兵四二〇名、アルマグロ方騎兵二二〇名、歩兵二八〇名であった