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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

二 鹿児島におけるシャビエル

シャビエルが日本に渡来した当時の状況は、彼が鹿児島で書いた有名な書簡に詳かであるが、彼がこの鹿児島に一年近くも留まっていたのは、右にあげた第一の課題を解き、伝道の準備を更に一層完成するためでもあったであろう。このことを眼中に置いて彼の鹿児島書簡を読むと、彼の烈しい伝道の情熱の裏に如何に着実な研究的精神が動いていたかをまざまざと感ずることができるのである。

二 鹿児島におけるシャビエル

シャビエルの日本渡来の一行は全部で八人であった。ヤソ会士ではコスメ・デ・トルレスとジョアン・フェルナンデス、これはいずれもスペイン人である。それに日本人ヤジロー、その弟、その僕。ほかは従僕のインド人とシナ人とであった。当時バスコ・ダ・ガマの子ペドロ・ダ・シルバがマラッカの長官をやっていたが、いろいろシャビエルのために配慮し、日本へ直航しようというシナ船を見つけてくれた。乗船したのは一五四九年六月二十四日であった。出航後天気も風も好かったのであるが、船頭は卜いによって航海のやり方をきめるので、途中で考が変って、シナの港で越冬しようと考え出した。広東についた時、いよいよその港に留まろうとし始めたが、これはシャビエルの一行の反対や威嚇でやめさせた。