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さこく
鎖国
和辻 哲郎
日本の悲劇
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页
十五世紀にはこの方面に旅行したニコロ・デ・コンティが有名である。彼はインドの内陸を横断した最初のヨーロッパ人で、デカン高原を東岸マドラスに出で、南してセイロンを訪れた。次でスマトラ、ビルマ、バンコック、スンダ諸島と廻り歩き、ボルネオとジャバにはやや永く滞留した。帰路にはアデンやアビシニアを経て紅海を航し、最後にカイロに出ている。彼の旅行談が保存されたのは、帰途紅海に於て海賊の手に陥り止むを得ずイスラムに帰したことを、懺悔して免罪を求めるために、当時(1439―42)フィレンツェに滞留していた教皇の許に来て物語ったからである。ところでその頃のフィレンツェには丁度トスカネリが四十代半ばの活気旺んな学者として生きていた。彼がその有名な手紙の中で、シナのことについてゆっくり話し合ったと云っているのは、多分このコンティのことであろうとされている。
トスカネリの手紙というのは、香料や宝石の豊かな東方の国、特に学芸や政治の術も又非常に進歩している筈の強大なシナの国への近道を、西の方向に求め得ると教えたもので、ポルトガル王の諮問に応じこの考を直観的に示した地図の添状なのである(1474)。