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さこく
鎖国
和辻 哲郎
日本の悲劇
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页
前年の商館破壊命令は、この移転を容易ならしめるためであったのである。かくしてオランダ人は、この後二百年の間、長崎の出島に閉じ込められた。そうしてその出島が日本人と外国との交通の象徴となった。
このように鎖国の形成が完成するまでには、秀吉の宣教師追放令以来四十五年、家康の禁教令からでも二十七八年を要している。その間に為政者の側でのキリスト教に対する憎悪が漸次高まり、遂に海外との交通そのものを恐れるに至ったのであるが、しかしそれは国内での支配権獲得の欲望が他の文化的欲求や近世的動きに優越していたことを示すのみであって、国民の間に外に向う衝動がなかったことを証示するものではない。一六〇四年から一六一六年までの十三年間に幕府の出した海外渡航の許可状は百七十九通に達しているし、その後一六三五年の海外渡航禁止に至るまでの海外渡航船は百四十八隻以上であったといわれている。その行先は、台湾からマラッカに至るまでの諸地方、ブルネイやモルッカの諸島などである。船は、大きい場合には三百名以上を乗せ、その大部分は商人であった。船主も、島津家久、松浦鎮信、有馬晴信、加藤清正、細川忠興などの大名や、末次平蔵、長谷川権六などの幕府官吏を混えてはいるが、大部分は商人であった。