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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

あれば獣の路だ。五万の地図にも、この原や池を暗示するような何の記載もないが、高度はだいたい二千三百くらいか。二千五百を越える弓折とは、三百メートル近い差があるだけに、かなりの急傾斜で、やぶも相当ある。北寄り、南よりと、崩壊や草地を選んで、南を巻くようにくだり、偃松や岳樺、ナナカマドなどのやぶに阻まれると、枝折り代りの切分けを作って、乗り越えてゆく。しげみに足をとられて、汗にまみれながら、私はうれしくなった。遠い昔の、あの懐かしい探検時代に、もどった気がするからだ。昔の中学生の作文調を借りれば、「天わがために、この賜を与うるに似たり」そんな手前カンの熱まで吹きたくなる気分だ。

一度北に向いた、草と偃松の小尾根に出て、さらに雑木のしげりあう深やぶを乱って、苔深い岩地に吐き出されると、そこに一面の池が寂然と横たわる。四辺は、笹をまじえた草地の起伏に、たけ低い白檜のむら立ち、大岩に偃松の老幹、沮洳地……いかにも世離れた静寂があたりを領し、あかるいくせに、一道の幽気をただよわせている。ここが原の北端であった。私は遠望にも増した、魅力を感じた。

槍※岳初夏(西岳より)のキャプション付きの挿図