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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

それだけに、気象は弾力の強いものだ。晴れた日など、影が濃い半面、光りは際わやかに鋭い。一とたび光りに触れるや、今まで薄い藍色のヴェールをかぶっていた流水は、一挙に引火して白熱し、一時まったく光の動乱と化してしまう。しかも夏の谷間は、得て曇りやすい。一朶の雲が、天窓のような谷の上空に浮べば、狭い谷底はたちまち、日の目を見られぬことになる。谷間の空気は、光りから陰、冷から熱と激しく脉動する。

ことに南風が、多量の電気を荷なった乱雲を駆って、谷を閉塞する時なぞは、からだがベトベトにふくれあがるかと思われ、頭のしんがズキズキ痛んで、息苦しくなる。しかしそのあとは、きっと北風が逆に、谷のしも手から吹き上げて来て、いっさいの混迷したものを一掃し去り、谷間は突き抜けたように、清爽の涼気に洗われる。人は着物を一枚重ねて、秋の近寄ったことを感ずる。

時ならぬに、谷水が急に濁って、押し出してくることがある。水声のうちに、耳のせいか、遠雷らしいとどろきもまじって断続する。上流は雨かナ――と思う。薄気味わるい一道の冷気が、水と共に吹いて過ぎる。だがそれだけで、何事もなく終る時もある。