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「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页

青空文庫

炭焼長者譚

一 緒言

一 緒言

東京朝日新聞の初刷に客員柳田國男君の炭焼長者譚という面白い読物の第一回が出ていた。奥羽地方に伝わっている炭焼藤太の出世物語で、津軽領の者は今の津軽伯爵家の四代目の君がすなわちこの人であると謂っているそうである。津軽の殿様の御舎弟の書かれた可足筆記によると、津軽家はもと田原藤太の末で、その先祖の武運にあやかる様にと藤太と名づけられたのであったが、幼少の時にその父は安東勢と戦って討死したので、乳母に抱かれて身を吉次信吉というものに委ね、ついに炭焼にまでなり下ってそれで炭焼藤太と呼ばれ、後に最明寺入道に見出されて本領の安堵を得たのみならず、西海の軍に功を立てて、津軽家中興の英主として名を揚げるに至ったのだと書いてあるという。これがその話の大要で、藤太の奥方は京の近衛家の姫君であるとも云い、或いは藤太の母親は最明寺殿の側室で、藤太も実は時頼の落胤であるのだとか、或いは藤太はかの金売吉次の父親であるのだとか。地方によっていろいろに伝えているそうである。柳田君のこの面白い読物が将来どんな風に発展するかは、神ならぬ身の予想し難いところであるが、自分もかつて九州旅行の際に、豊後臼杵で真野の長者炭焼小五郎の譚を聞いて、田舎の豪族がどんな風に考えられていたかということを民族的に考えてみたことがあるので、この辛酉新年