轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页

青空文庫

三 間人の意義

また続日本紀大宝二年正月条には、正六位上丹比間人宿禰に従五位下を授くとあって、別に火明命の後裔と称する丹治比姓のもので、間人姓を称えたものであったと見える。また日本書紀孝徳天皇白雉五年の条に、遣唐使判官中臣間人連老という名が見えていて、中臣氏の庶流にも間人姓のものがあった事を示している。万葉集の一つに、舒明天皇内野に遊猟し給うた時に、中皇命すなわち皇后宝皇女(後に皇極天皇)が、間人連老をして献らしめた歌というのがあるが、その老すなわちこの中臣間人連老のことであろう。この外続日本紀神護景雲元年三月には、近衛将曹従六位下勲六等間人直足人という名も見えて、直姓の家もあった。その他古文書に散見して出自不明の間人姓のものも少くないのである。

三 間人の意義

「間人」を以て名となすもの、「間人」を以て姓となすものが古代に多く、或いはこれが地名として遺り、近く徳川時代までも地方によってはその称を以て呼ばれる一部の民衆があったとしてみれば、太古以来我が社会組織の上において、「間人」という一階級の存在が認められていたことは明白である。

「間人」と書いてマヒトと訓む。これは全くその文字通りの意義であって、中間に位する人というに外ならぬ。