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「やまとみんぞく」とはなんぞや
先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選
喜田 貞吉
喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页
道鏡皇胤論について
一 序言
一 序言
野人かつて「道鏡皇胤論」一編を京大史学会の雑誌史林の誌上で発表した事があった。要は道鏡が天智天皇の皇孫であるとの旧説を祖述し、これによって道鏡に纏わる幾多の疑問を合理的に解説して、以て我が皇統の尊厳をいやが上にも明らかにせんとするにあった。しかるにそれを見られた仏教連合会の当時の幹部の人々は、従来我が仏教がこの悪逆なる妖僧の為に被った冤罪も、この研究によりて幾分緩和せらるべきものとなし、これを複製して世間に頒布したいと申し出でられた。その趣意は、道鏡が臣籍の出として日本において開闢以来かつて他に類のない非望をあえてしたという事は、彼がまた一の僧侶であることから、我々仏教徒にとってことに遺憾に思い、仏教徒として特に肩身狭く感ずるところであった。しかるにそれがこの考証によりて、彼がうぶからの臣籍の者ではなかった事が明らかにせられた以上、彼が畏れ多くも天位を覬覦し奉った事についても、そこに幾分の理由が認められ、それが必ずしも彼が仏教徒であったが為ではないとの言い開きも立つ訳だというにあった。勿論彼が大それた非望を懐くに至った事が、必ずしも彼が仏教徒であったという理由からではなく、また彼がよしや皇胤であったとしても、それが決して彼の罪悪を軽減すべき理由とはならぬ。