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「やまとみんぞく」とはなんぞや
先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選
喜田 貞吉
喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页
「ケット」と「マット」
一 緒言
一 緒言
僻陬の地に先住民族がながく取り遺されるという事は、今さら事新しく言うまでもないところで、現に台湾東部の山地には、近くその実際を見るのである。これを我が古史に徴するに、西南薩隅の地に夷人と呼ばれた隼人が奈良朝頃までもなお残存し、東北奥羽の地方には平安朝に至ってなお蝦夷が猖獗を極めたところのもの、いずれもかつては広く分布していたこれらの先住民族が、中央に近いところから漸次同化融合して日本民族の伍班に加わり、所謂皇化の及ばざる僻陬の地において、未だその機を捉ええざる同族がなお旧態を保存していたに過ぎないものであった。そしてその隼人の方は遠からず同化の実を挙げて、延暦の頃にはすでにその本国たる薩隅両国にも他と同様の田制を実施しうるに至り、いつしか異民族としての存在を失ってしまったが、蝦夷の方はなお後までも久しく残存して、鎌倉時代の初めにおいても、奥羽両国は夷の国なりとの理由の下に、田制上の特別の除外例が認められた程であった。かくて江戸時代に至ってまでも北陬海岸地方には、なお蝦夷と呼ばれ、アイノと差別された部落が各地に取り遺され、その津軽領内において藩庁より最後の差別撤廃を命ぜられたのは、実に近く文化三年の事であった。