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「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页

青空文庫

しかしこれに対して山間に蝦夷の遺のある事を伝えておらぬ。案ずるに津軽においては、戦国頃から、おそらく慶長頃にわたっても、なお平野地方にアイヌとして認められたものが残存し、所謂蝦夷荒なるものの事実が伝えられ、今の青森や浪岡附近にまで、狄掛なる吏員が設置されていたのであった。寛文七年津軽信政年十五歳で江戸の藩邸から始めて領国へ入部した時に、途中まで出迎えた家中の諸士の容体甚だ質朴で、蝦夷に近く、太守大いに驚き、嘆息して和歌を詠じたと、津軽人自身によって書き伝えらるるまでに、この地方は余程後までも蝦夷臭味の濃厚な所であった。しかるに今日平野地方においては勿論、山地に入っても明らかに蝦夷の遺※(「薛/子」、第3水準1-47-55)として知らるるものはない。けだし里に住んだものはつとに農民となって日本民族に融合し、山地の住民も蝦夷としては早く忘れられて、ただ海岸に居たもののみが、蝦夷の子孫として喧伝されたものであろう。しかし山地に全然蝦夷が遺らなかったものではない。真澄遊覧記美香弊乃誉路臂によるに、山間の狩猟者たるマタギには山辞という一種特別の言語があって、その中には「蝦夷詞もいと多し」