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「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页

青空文庫

何となれば、余輩は従来かつてかかる問題について考えてみた事もなく、その以外にも当時この両君以上に、親しく精細に法隆寺を研究した人があろうとは思われなかったからである。しかるに生憎な事にこの両君の新研究発表と時を同じゅうして、これも極めて偶然に、従来の再建論者の巨頭だった小杉老先生が、両君の発表とは没交渉に美術院において、その得意の再建論を講演せられたのであったからたまらない。両君の新発表は甚だしくこの老先生の面目を傷つけた形となってしまった。特に史学雑誌の判決文らしい記事は、自信に篤き先生の頭を甚だしく刺戟したものであったのである。

余輩は帝大において国史学科を専攻したとは云え、平素もっぱら文献いじりの方面にのみ没頭して、芸術史方面の事にはかつて注意を払った事はなかったのであった。第一法隆寺そのものについてすら、かつて三高在学中に一度境内へ足を入れた事があったというくらいの事で、その堂塔の内部を視察した事すら無かったのであった。したがってその建築物の年代についても、黒川・小杉の両先生から承わった再建論を鵜呑みにして、これが反対説発表の事実をだも知らず、よしや知ったとてこれを読んでみる程の関心をも持っていなかったのであった。