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「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页

青空文庫

関野君が唐尺を以て今の曲尺の九寸八分に当るものとなし、高麗尺を以てその一尺二寸、すなわち曲尺の一尺一寸七分六厘であるとせられたところのものは、その実唐尺を曲尺の九寸七分五厘となし、高麗尺を一尺一寸七分となすべきものであった。現存の古尺には往々訛長訛短があって、精密には一定していないのである。しかもその平均数から得られた関野君の推定は、何ら科学的根拠のあったものではなかった。しかるに関野君がその不確実なるべき仮定の尺度を以て、最も精密なるべき計算の基礎とせられた事は、いささか大胆であったと謂わねばならぬ。いわんやその尺度の標準が誤謬である事の極めて明白である以上、これに由りて計算せられた数字がよしや完数に近いものであったとしても、それは何らその非再建を証する上に価値なきものである事は、また極めて明々白々であると謂わねばならぬ。いわんやその完数というものも、実は甚だ不完数たるにおいてをやだ。

以上列挙した六項目の以外にも、その後法隆寺について研究せられ、或いは発見せられたところのものはかなり多い。中にも過般三経院の改修に際して、五重塔の勾欄に用いた地覆や、第一層屋蓋下の隅木の古材の発見せられた事の如きは、その最も著しいものである。